からだとあたまからこころまでほぐす、セラピストAsacoの日々の徒然。

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こころがちょっと疲れた時に、からだが不調を感じる時に。
ひだまりのようなひとときを。

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2019年11月2日土曜日

ルーティーンの必要性。

…ヴァータが上がっている、と最近感じる。

何かいつも、忙しい感じ。
ソワソワ、ふわふわした落ち着きの無さ。
スケジュールが覚えられなくて、
毎日前日から当日の朝にかけて確認をしている。
休みが余り取れてないような、そんな氣がする。

でも、よくよくスケジュールを見ると、
そんなに忙しくないのだ。
朝も遅いし、休みも週一〜二回はあるし。
なのにどうして忙しい感じから抜け出せないんだろう。
きっと捉え方なんだろうな。
あと、自分の性質とバランスが
取れてないのだろうなぁ。

冒頭の「ヴァータ」というのは、
インドの伝統医学・アーユルヴェーダの言葉で、
質やパーソナリティのひとつ。
風と空(間)の質をあらわします。
移動が多い時、バタバタと動き回っていたり、
忙しかったりすると、この質が増えると言われます。
この質が多い人は、様々なアイデアが浮かぶ
アイデアマンやおしゃべりな人だったり。
あと、季節は秋から冬にかけても、
この質が高まるそう。

なので、まさに今の時期と環境、
ヴァータが上がっているのかなぁ、と。
三年前まで20年以上、
社会人生活の殆どをルーティーン業務で過ごしてたのが、
今は真逆。
それにまだ気持ちがなかなか慣れてない…
ルーティーン業務の時は、
毎日同じでつまんねーな、
とどこかで思ってたのにね、
そうじゃなくなると、あわあわするのだから、
困ったもんだ。
意外に、ある程度のルーティーンって
大事なのかもしれません。

と思った時、ふと、
自分でルーティーンを作ってみよう、
と思いつきました。
何度か挫折している習慣化ってことだけど(笑)
でも本当に自分の為になる、と思ったら、
続くんだよな(鼻うがいは毎日行っている)。

今の状態を落ち着かせるために
ルーティーン(習慣)化したいこと…
やっぱり呼吸法や瞑想、だよなぁー。

という事で、やはり呼吸法は続けよう
(って前回のブログと同じようなところに落ち着いた…)。

2019年10月28日月曜日

自分の為に呼吸する。

久々にヨガレッスンを受けに行きました。
夏から足首を捻挫して3ヶ月、
ずっと身体を動かせずにいたら、
いつの間にか身体のあちこちが強張ってきていて、
何よりも呼吸が浅くなっていたようで。

自分の内側に意識を向けながら呼吸を行う、
ヨガの呼吸法を行うと、
心地良く肺が広がってゆくのが感じられます。
そして、先生に見てもらわないとわからない、
左右の身体の動かし方や、バランスの違いにきづかせてもらい、
ひとりで行うだけでなく、時にレッスンに行く事も大事だなぁ、
と改めて思いました。
そして、久しぶりに、自分の為に呼吸をしたなぁ、
という感覚。

いや、勿論、呼吸って、24時間365日行っていて、
そうじゃないと生きていけないし、
100%自分の為に行っているものではあるのだけれど。
でも殆どの時間、その活動は意識せず行っている。
だから、呼吸に意識を向けることって、
「自分の為に行なっている行為なんだ」ということに
氣づくことなんだなぁ、と。

仕事や家事、家族のお世話などで、
自分自身のことを後回しにしてしまいがちな時があります。
自分の事をケアする時間も余裕も無い事も。
それで、「あぁ、自分のこと出来てないなぁー」って凹んだり。

そんな時、ちょっと呼吸に意識を向けてみるのもいいかもしれません。
湯船にちゃぽん、と浸かった時とか。
寝る前に、布団に入った時に。
目を閉じて、ふぅうっと息を吐いてから、
空気がすぅぅっと自分の鼻から、
喉へ、肺へと入ってゆく様子を意識してみる。

それを何回か繰り返していると、
少し気持ちが落ち着くかもしれません。

大丈夫、ちゃんと自分は、自分の為に呼吸している。
忙しくて、色んなこと、疎かになる事だってある。
そんな時は、僅かな時間でも、呼吸を意識する事で、
自分を少し振りかえる時間が出来たら、それで充分かな、
と思ったりもします。


2019年10月12日土曜日

沢山のものがたりに生かされている

滅多に無い眠れなくなった夜に、
やってきた思いの備忘録です。

*****

夜中に目が覚めた。
いつもだったらまた直ぐに眠れるのに、
何故かなかなか寝付けなくて、いつのまにか色々と、
今までやってきたことや学んできたことを、
どうやってこれからに繋げていこうか、
将来の青写真みたいなことをを考えていた

アロマセラピー、タッチケア、グリーフケア、
ヘッドセラピー、リフレクソロジー、
ホリスティックに生きること、スピチュアルについて。

ぼんやりと、伝えたいことが見えてきているんだけれど、
まだ具体的に掴みきれていなくて。

一体私ってば、今まで、色んなケアを学んできて、
実践してきたつもりだけど、
どれだけ相手の為になってきたのかなぁ、って、
不安になって、振り返ってみた。

最初に思い出したのは、
一度アロマボランティア実習で挫折しかけた緩和ケア病棟で、
再びケア活動したい、と思うきっかけとなった方の顔。
それから次々に、アロマケアやスピチュアルケアの中で
出会った方々のお顔や、
その時語ってくれたその方の人生の一部に出会った場面が
現れてきた。

そして、

「大丈夫だよ」「大丈夫」
という言葉が、浮かんできた。

それは、あたかも今まで出会った方々が、
語りかけてくれたかのようで。
ほろほろと、ほろほろと、涙が溢れてきた。


そうか、違うんだ。

ワタシが相手の為にいかに動けたか、いうことは、
わからないけれど。
ワタシ自身は、出会った方々が話してくれた、
その方の人生のものがたりに、
支えられて生きているいるんだ。
それは、自分が頭で考えているより、
はるかに多くの体験として、
ワタシの中に息づいているものなんだと思う。

ワタシは、その様々な人生の物語りや出会いを通して、
感じた事や、考えてきたことが、学びへと繋がっていて、
それらを伝えてゆく、という立場にあるんだ。

それに氣づいた瞬間、すうっと、
自分の中に一本の筋道が通ったように感じた。

そう、大丈夫。
ワタシが支えられているものを思えば。



2019年9月26日木曜日

小さな願い。

ご無沙汰してたら、すっかり夏を越えてしまいました。
元気にはしていたのですが、新しく仕事の場が増えたり、学びを深めたりしてました。
今もまだ環境が変化していることに、心境にも変化が生まれつつあります。
今迄学んできたことをいかに自分の中に落としこんで、
どんな風に周りに還元していこうか、そんな事を模索していたりもしていました。

そんな中で、仕事へいく道すがらに、目にした小さなものに、
心がほうっと一息ついて、あたたかくなる一瞬がありました。
その時思った事を備忘録。

***

愛おしいもの、小さきもの。

道端の花壇に咲いている小さな花の、足元にあった、愛らしいグリーン。名前は知らないけれど、ただその場で、生き生きと自分のいのちを生きている、
その様子がなんとも愛おしい。ワタシはそういう小さきものでありたい、と思った。どんなところにいたとしても、
小さきものを愛おしいと思うワタシでありたいと願う。そして、時々そうでないワタシであることも、受け止め続けていたいと願う。

「〜したい」と願うことは、
「今の自分はそうではない」と認めてしまうことだと聞いて、そういう言い方をしないように思い直したりしていた頃がある。
けれど、そういうことばかりするのも、しんどい(というか面倒くさい)し、
ちょっとどこかで違和感を感じた。

そうだ、ただ「そうでない私」をも、受け入れてゆきたいと思う。素直に、「〜したい」と生まれた氣持ちに従順でありたい。


なにが良いとか悪いとか、高次元とか低次元とか、プラスとかマイナスとか。
そんな風に二元化したりするけれど、
そんな全ては自分や誰かが考えている価値観なだけ。

ワタシ自身はそこがどんなところであっても、
そこでどうありたいか、と考えられる人でありたい。

そう、それで。「そうありたい」と願うワタシを大切にしたいと思うのだ。


2019年6月3日月曜日

アンビバレントな私を抱えながら。

気がつけば6月。
振り返れば5月は一度もブログを更新してません...

なんだか、色々と忙しい感じだったのは確か。
仕事やイベント出店、ボランティア、総会の手伝い、打ち合わせ。
ルーティーンワークな事務仕事の頃よりも朝もゆっくりだし、
決して時間に追われるような忙しさなわけでは無いのですが、
毎日違うスケジュールに、まだ気持ちが慣れてないようです。

そして、もうひとつ。
気持ちが落ちて、エネルギーダウンしたことも確か。
ホルモンバランスや体調が、少しづつ変化していて、
とうとう降圧剤を飲まなきゃならなくなったりして、
それで飲んだら倦怠感や頭痛がしたりね。
なにより、そんな自分が受け入れられなかった。

ヨガをしていたり、アーユルヴェーダを学んだり、
何よりアロマセラピストでもある、そんな私ですが、
実は、ずっと血圧の高さに悩まされていまして。
もうそれは30代くらいからなんですが。

なので、ヨガやアーユルヴェーダの知識を
日常生活の中に出来る範囲で取り入れて、
血圧をコントロールする工夫をしたり、してました。

その一方で、実はものすごく、お酒が好きだったりします。
(特に醸造酒Lover)
行きつけの飲み屋とかあるし。
家人の帰りをつまみながら飲んで待つ、
とかもやっちゃうわけです。

「お酒はストレス発散のはけ口ではなく」て、
「あくまで楽しむためのもの」。嗜好品。
だから、バランスを取りつつ、楽しんでいこう。

の筈でしたが、最近、
コントロール出来なくなっているな、
と感じていました。

それがやっぱり血圧の高さに表れまして。
とうとう、降圧剤開始しなやばいなー、
って状態になったのです。

でも、薬を飲むことに、ずっと抵抗があったので、
いざそうなったら、なんだか「負け」た感じがしたり。
それで飲んだら倦怠感が出て不安になったり、
医師の言い方に違和感を感じたりすると余計にね。

ヨガをやっているのに、アーユルヴェーダを学んだのに、
アロマセラピストなのに。

お酒が好きだし、お肉も食べるし、
お腹ポッコリだし、高血圧だし。

みたいな。

一見穏やかで、バランスの取れた状態に見せといて、
実は、心の中でそんなアンビバレントな私を
持て余して、揺れている一ヶ月。
いや、今もまだ揺れてるし、抱えている。

でもね、
生きるって、人間って、そういうものなんだろうな、
とも思う。
相反する思いや感情、行動を抱えてしまうこと。
それを執着、ともいうのだろうけど。
それらに気づいて、どうやって付き合ったり、手放したりするか。
きっとその繰り返しなのだろうなぁ、と。
そして、その気づきがある度に、ゆるせることが
増えていくのだろうなあ、と。