からだとあたまからこころまでほぐす、セラピストAsacoの日々の徒然。

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こころがちょっと疲れた時に、からだが不調を感じる時に。
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2013年5月20日月曜日

弟のこと

このブログを始めた理由のひとつに、亡くなった弟のことがあります。
14歳離れた弟は、2012年9月16日に、急性心筋梗塞で亡くなりました。
27歳でした。

そんな、亡くなった弟のことについて、心の整理をしつつ、
同じようにきょうだいを亡くしたひとが、何かにすがりたくて、
同じように辛い思いをしているひとを探し求めた時に、
「ここにいますよ」と少しでもその思いをすくい取れたら、と思ったから。
何故なら、ワタシが実際に弟を亡くした時に、
同じようにきょうだいを亡くしたひとが、その思いを綴ったブログはないかと、
探しまくったのだけど、ところが、なかなか見つからなくて。
この辛さの持って行き場がなかったから。


…と思いながら、なかなか書けないでいました。
パソコンに向かう時間があまりない、ということもあるけど、
書く勇気が出なかった、というか、
重たい内容過ぎるので、どこか遠慮していた、というか。

いや、多分、自分にとって重た過ぎたのです、書くのはまだ。

でもようやっと、ぽつぽつと素直に書ける気持になりました。
そう、日常の中で、自然に思い出せるように。
この事実を、こうなってしまったことを、それでも生きているワタシを受け入れられるように。

だから、少しづつ。のんびりと。
弟のことも、書いてゆこうと思います。

「いのちを考える」講座を聴いて(2回目)

「いのちを考える」講座、2回目。
今回は、聖路加病院の元副院長先生であり、現在は小児総合医療センター長の、細谷亮太先生。

ほっとするような笑いを交えながらの講演。
重い疾病になった子供のドキュメンタリーの一部をみせてもらう。
彼らの状況に涙する、というよりも、ワタシは彼らの生き方に驚嘆する。
彼らの強さ、やさしさ、共感力。

「たった5年生きただけで、人はちゃんと人間として大事な所が備わっている」
とおっしゃられたけど、
多分、それは彼らのおかれた状況が、そうさせたのだとも何処かで思う。

でもその考え方も、どこか「基本人間は善に生まれたのである」と思っているからかもね。

「小さい頃に、親しい人/大切な人を無くした思い出は、大人になってどう影響するのだろう...多分、少なからず影響するであろうけど、それは決して悪くなるものではないだろう」

ああ。
その時、また思い出しちまったよ。弟はどうだったんだろうと。
小学生の時、親友を亡くしてた弟。
大人になっても、時間を見つけては、親友のお墓のお参りに言っていたらしい。
そんな影響を及ぼしたんだろうか。
でも、ぶっきらぼうな家族への優しさは、その出来事も影響しているのかもしれない、と思う。

多分、ワタシは弟のことを、
こうやって人目も憚らずに思い出せるところに、泣けるところに来て、
その度に素直になって、どんどん浄化されに来てるのだと思う。

正直に、弟がいたということ、亡くなったということ。
それは、誰かに遠慮して言わないでおこうと思ったりすることも、
悼みたい気持を隠そうとすることもなく、
それも、ワタシの一部なのとして、認めておきたいこと。

彼が弟として生まれたこと、
過ごしたこと、それはとても素敵なことだったのだから、
楽しかったのだから。
その思い出があるのだから。いつも側にいるのだから。

と、結局講演と関係ないところに思いを馳せておったのだけど...

心に刻んでおきたいことば。
共感とは...「他人の感情生活についての想像力、それを推察する勘、
      つまり共感というものは、私たちの個我の限界を破るという
      意味で賞賛すべきものであるだけではなくて、自己保存の必要
      欠くべからず手段である。(トーマス・マンの小説より、細谷先生が引用)

「いのちを考える」講座を聴いて(1回目)

先々週から、毎水曜日に10回連続で行なわれる、JR西日本関連主催の「いのちを考える」を聞きに行っている。
1回目は青木新門さん(映画「おくりびと」原案の「納棺夫日記」作者)。
柔らかなお顔だが、話しを聞くと私のイメージする「文学者」そのもの。
いのちは「生」と「死」は一体となって繋がっていて、だからこそ、死を感じ受け入れたときに輝くものなんだと思った。
彼がそれを伝えたいのだ、という事も。
「死はあたたかい」という事。
「死後2,3時間の顔は皆穏やかで良いお顔なんですよ」という言葉が印象に残る。


それは、知っている。

弟の顔は、とても優しかった。仏様みたいに。
死後6時間くらい、経っていたけど。

お葬式の時、冷たい雨の中でも、彼の顔を見た後の私の目と、額あたりはぽかぽかとあたたかった。

彼は、教えてくれたんだと思う。

動物や人間の子供の、臨終時の顔が穏やかなのは、死に対する恐怖や畏れの感情を持ち合わせてないからだそう。人間の死に対する恐怖心は、後から情報として仕入れるものなんだって。

弟の顔が穏やかだったのは、あんまりにも突然にその死がやって来たもんだから、恐怖とか感じる前に、死を受け入れちゃったんじゃないかなぁ、と思う。

意外と、その辺り、悟っちゃってそうやったから。
若かったのにね。
彼にとっては、死は生の隣に感じてた事かもしれない。

��R尼崎の事故の時は、時間が違えば当時大学生やった彼も乗ってたかもしれなくて、実際彼の同級生で亡くなった子がいた筈。

今頃、再会してるかなぁ…

そう、すこうし、切ないけど優しい気持で思った。