からだとあたまからこころまでほぐす、セラピストAsacoの日々の徒然。

からだとあたまからこころまでほぐす、セラピストAsacoの日々の徒然。
こころがちょっと疲れた時に、からだが不調を感じる時に。
ひだまりのようなひとときを。

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2015年9月27日日曜日

丸三年経って

9月16日は、弟の命日でした。
丸三年経ちました。

9月に入ると、ちょっと感傷的になりやすい、というか、
感情が揺れやすいというか。
人によっては、「記念日鬱」という症状になることもあるそう。
命日だけでなくてね、故人の誕生日とかが近づくとね、
処理したつもりの悲しみが戻ってくることがあるのです。

でも、一年づつ、振り返ってみると、思いは変化していってます。
いつかからか、どこからか、
この状況を自然に、受け入れている自分がいます。

肉体を離れた存在は、時空を越えて、いつでもどこでもいること。
死は生と同じく自然なこと。
それが、どんな状態で迎えたものとしても。
生の方がむしろ、奇跡的なことなのかもしれない。

母に電話して、そんなことを話したりしました。
「本でも読んだし、頭ではそう思ったりもするんだけどね…」
と言ってました。
母は、この苦しみは一生つきあっていかなければならない、 と思っています。
ワタシができるのは、そんな母を受け止めること。
息子を亡くした喪失感やつらさは、ワタシにはわからないけれど、
それに寄り添っていこう、と思います。
悲しみは癒えないままでもいいし、乗り越えるもんでもないしね。
でも、それのみに捉われるのではなく、
どのようにつきあっていくかを模索しているようにも感じました。
母が、そんな風に思えるようになったのは、時がもたらしてくれたもの、でしょう。

そして、私自身。
3年経っても学びたいと思っていたら、学んでみようと思っていたことがあります。
そして実際3年が経過し、
今、学ぼうかどうしようか、少し迷っています。

いづれにせよ、いきつもどりつ、ゆらゆらと。
進んでいないようで、進んでいこうと。
時の流れとともに。
夕焼け雲