*
14コ年下のまだ若かった弟が
急にこの世から居なくなった時
いつ誰がこの世から居なくなるかわからないんだ
という思いが刻まれてから
将来の夢が描けなくなった
それはまあ仕方ないかと思っていた
きっと将来の夢を思い描けない人は他にもいると思う
それで心許ない思いをしている人もいるだろう
それでも大丈夫
夢を描けなくても生きていける
夢を描こうとしなくてもいい
生きているだけで充分奇跡なのだから
そんなメッセージが伝えられたらいい
だってワタシはそうやって生きている
そんな風に思っていた
**
夢 に捕らわれていたのは私自身だった
「夢を語れない私」を受け入れたフリして、
平気な風情でいたけれど、
実はとてもとても傷ついていた
将来の夢や目標
というフレーズを耳にする度に、
思い描くことができなくなった自分に
もう将来の夢を語れなくなった弟に、
どこかで彼のせいにしていることに
申し訳ない思いと共に
***
そうか
ワタシ、傷ついているんだ...
太陽の陽射しが、世界の全てをきらきらと
照らしはじめる朝
朝陽を浴びて歩きながら、
ようやくそのことに目を向けることができた
同時に
自分が思い描こうとしていた将来の夢は、
自己実現の為のものだった、
ということに氣づいた
そうである必要はないんだよな...
私がこの世から居なくなったとしても
その先に続いてゆく、
そんな夢を描けたらいいな
と思った
****
もしかしたら
祈り も
夢なのかもしれない
どうか
私と
私の大切な人たちや家族が
すこやかで 安寧で 笑顔で
過ごせますように
今まで出会った人達やこれから出逢う人達が
すこやかで 安寧で 笑顔で
過ごせますように
災害や戦争や 事件や事故や 病気に遭われた人達が
すこやかで 安寧で 笑顔で
過ごせますように
*****
メリークリスマス。
2019年12月25日水曜日
2019年12月9日月曜日
自分探しをしていた頃。
あまり人に話したことはないけれど、実は。
若かりし頃、自己啓発セミナーに嵌ってた事があります。
なんだか、その事をちょくちょく思い出すので、思い切って書いてみます。
時は1990年代、自己啓発系が流行った頃。
会社の研修でもそんなセミナーが行われていた。
その頃の私は社会人デビューして、初めて付き合った人にたったひと月で振られて何故そうなったのか意味もわからず打ちのめされて。
でも振られた後に残った自分の、あまりの空っぽさに愕然として、これじゃあいけない、と様々な習い事に手を出していた。
そんな中、通っていた色彩講座の一コマにあった心理講座(的な何か)の講師の方が、自己啓発セミナーのファシリテーターでもあり、そちらに勧誘されたのが多分きっかけ。
当時は「嵌った」とは思わなかったけれど、セミナーに支払ってた金額や、通ってる回数を考えてみれば相当のめり込んでいた、と思う。
超苦手な勧誘を行ったり(そういうワークがある)、親に黙って東京までセミナーに行ったりするくらいには。
なのに、ある時ふいに夢から覚めたように、行くのを止めた。
そこに関わったことで、ほんとうのワタシを見つけたと思ってたけど、そこに居続けることは、なんだか違うな、と。
単にそれは依存しているだけだ、と気づいた途端にすごい違和感を覚えて。
それから徐々に居心地の良かった場所がとても悪い場所になってしまった。
なんでそこに気づいたかわからないけど。
単に気の済むまで通いきって、卒業の時期を迎えただけかもしれない。
洗脳されてるんちゃうか、
いやそんなことは無いはず、と頭の隅で考えながら、通っていたそのセミナーで得たのは、
「私は愛」
ということだったし、その言葉にとても救われた事は確か。
と思うと、ワタシにとっては、それは必要な体験だったんだなぁ、と思う。
ちなみにその当時の自己啓発セミナーの代表は、今何やってんだろうと思ったら、コーチングやってました。ふふふ。
若かりし頃、自己啓発セミナーに嵌ってた事があります。
なんだか、その事をちょくちょく思い出すので、思い切って書いてみます。
時は1990年代、自己啓発系が流行った頃。
会社の研修でもそんなセミナーが行われていた。
その頃の私は社会人デビューして、初めて付き合った人にたったひと月で振られて何故そうなったのか意味もわからず打ちのめされて。
でも振られた後に残った自分の、あまりの空っぽさに愕然として、これじゃあいけない、と様々な習い事に手を出していた。
そんな中、通っていた色彩講座の一コマにあった心理講座(的な何か)の講師の方が、自己啓発セミナーのファシリテーターでもあり、そちらに勧誘されたのが多分きっかけ。
当時は「嵌った」とは思わなかったけれど、セミナーに支払ってた金額や、通ってる回数を考えてみれば相当のめり込んでいた、と思う。
超苦手な勧誘を行ったり(そういうワークがある)、親に黙って東京までセミナーに行ったりするくらいには。
なのに、ある時ふいに夢から覚めたように、行くのを止めた。
そこに関わったことで、ほんとうのワタシを見つけたと思ってたけど、そこに居続けることは、なんだか違うな、と。
単にそれは依存しているだけだ、と気づいた途端にすごい違和感を覚えて。
それから徐々に居心地の良かった場所がとても悪い場所になってしまった。
なんでそこに気づいたかわからないけど。
単に気の済むまで通いきって、卒業の時期を迎えただけかもしれない。
洗脳されてるんちゃうか、
いやそんなことは無いはず、と頭の隅で考えながら、通っていたそのセミナーで得たのは、
「私は愛」
ということだったし、その言葉にとても救われた事は確か。
と思うと、ワタシにとっては、それは必要な体験だったんだなぁ、と思う。
ちなみにその当時の自己啓発セミナーの代表は、今何やってんだろうと思ったら、コーチングやってました。ふふふ。
2019年11月20日水曜日
いのちに触れること
ひとに触れる、ということは、
いのちに触れる、ということなんだなぁ。
と、改めて、しみじみと思う。
それは、どんな場面でも。
どんな人であっても。
どんなに僅かな時間でも。
なんとありがたいことに、関わらせてもらっているんだろう。
2019年11月13日水曜日
「心。 人生を意のままにする力」を読んで。
稲盛和夫氏著「心」、初めて氏の本を読みました。
経営学等にはとんと疎い私が、この本を手に取ったのは、
上智大学グリーフケア研究所の研究発表会の時に、
特任所長の高木慶子シスターが、挨拶のなかで
すすめておられたから。
経営学等にはとんと疎い私が、この本を手に取ったのは、
上智大学グリーフケア研究所の研究発表会の時に、
特任所長の高木慶子シスターが、挨拶のなかで
すすめておられたから。
それに題名にも惹かれました。
稲盛氏の生育歴、学生時代から会社員へ、
そして経営者として経験された事を通して、
心が全ての道を決定づけてこられたこと、
その心の在り方とは、人としての在り方という事を、
平易でわかりやすい言葉で書かれています。
その中で印象に残った言葉は、
「宇宙には利他の風が吹いている」
利他の心が、
自分の進む道の追い風になるということ。
経営においても行き詰まった時、
自己の利益が優先していた事に気づき、
利他の視点で方向転換したことで乗り越えられた、
というようなことも書かれていました。
レベルは違えど、利他の心が道を開く、
というのは、私自身も常より感じるところがあり、
とても共感しました。
とても読みやすく、
心の姿勢がすっと真っ直ぐになるような本です。
2019年11月2日土曜日
ルーティーンの必要性。
…ヴァータが上がっている、と最近感じる。
何かいつも、忙しい感じ。
何かいつも、忙しい感じ。
ソワソワ、ふわふわした落ち着きの無さ。
スケジュールが覚えられなくて、
毎日前日から当日の朝にかけて確認をしている。
休みが余り取れてないような、そんな氣がする。
でも、よくよくスケジュールを見ると、
そんなに忙しくないのだ。
朝も遅いし、休みも週一〜二回はあるし。
なのにどうして忙しい感じから抜け出せないんだろう。
きっと捉え方なんだろうな。
あと、自分の性質とバランスが
取れてないのだろうなぁ。
冒頭の「ヴァータ」というのは、
インドの伝統医学・アーユルヴェーダの言葉で、
質やパーソナリティのひとつ。
風と空(間)の質をあらわします。
移動が多い時、バタバタと動き回っていたり、
忙しかったりすると、この質が増えると言われます。
この質が多い人は、様々なアイデアが浮かぶ
アイデアマンやおしゃべりな人だったり。
あと、季節は秋から冬にかけても、
この質が高まるそう。
なので、まさに今の時期と環境、
ヴァータが上がっているのかなぁ、と。
三年前まで20年以上、
社会人生活の殆どをルーティーン業務で過ごしてたのが、
今は真逆。
それにまだ気持ちがなかなか慣れてない…
ルーティーン業務の時は、
毎日同じでつまんねーな、
とどこかで思ってたのにね、
そうじゃなくなると、あわあわするのだから、
困ったもんだ。
意外に、ある程度のルーティーンって
大事なのかもしれません。
と思った時、ふと、
自分でルーティーンを作ってみよう、
と思いつきました。
何度か挫折している習慣化ってことだけど(笑)
でも本当に自分の為になる、と思ったら、
続くんだよな(鼻うがいは毎日行っている)。
今の状態を落ち着かせるために
ルーティーン(習慣)化したいこと…
やっぱり呼吸法や瞑想、だよなぁー。
という事で、やはり呼吸法は続けよう
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