先日、父の四十九日を終えました。
私は、穏やかな気持ちで迎えました。
父が亡くなってから、
思い返せば、笑顔しか思い浮かばないのです。
そんなに笑う父ではなかったのにね。
不思議です。
突然の死であり、早すぎるとも思われるし、
毎日生活を共にしていた母や妹は、
その日々の中で父の不在を痛感させれるので、
日を追う毎に悲しみが積み重なっています。
それは、結婚して実家を離れた私と違う所。
突然の死もあれば、長く患っての死もある。
0歳で尽きる命もあれば、100歳まで生きる方もいる。
その生も死も、どちらがどうとか比べようもなく、
それに伴う悲しみもまた、比べようがない。
100歳まで生きたから十分ね、も、
わずか1歳で亡くなるなんて不憫だ、も、
どちらもこちら側の考えで。
寿命に充分も不憫も無いのだと。
こちら側が思うのは、喪ったことによる悲しみと、
彼らが、それぞれの寿命の中で、生ききったこと、
その存在をしみじみと胸に抱いて、
自らもまた、この世を生きていくこと。
そういうことなんだと、思います。
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父は、先に逝った息子と会えて、
喜んでいるかな。
あちらで大好きなお酒を酌み交わせてるかもな。